《インド系文字のしくみ》を比較したい。今回はブラーフミー文字のしくみについて書く。ブラーフミー文字はインド系文字の祖である。
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ブラーフミー文字とは?
ブラーフミー文字は,古代インドのアショーカ王の法勅に見られる文字である。紀元前3世紀頃,マウリヤ朝のアショーカ王は,カリンガ戦争で多くの死者を出した反省から,仏教への信心を深め,仏教の法(ダルマ)に基づく統治の考えを各地の石柱や摩崖に刻ませた。
その後ブラーフミー文字は形を変えながら,インド亜大陸・東アジア・東南アジアなどの各地へ広がっていった。こうして生まれた,究極的にはブラーフミー文字に遡る文字たちを,インド系文字と呼ぶ。その数は非常に多く,2024年3月現在グーグルフォントに対応フォントが存在するものだけでも,約60種のインド系文字が確認できる。
初期のブラーフミー文字は,プラークリット(中期インド・アーリヤ語)と総称される,印欧語族インド語派の言語を表すために使われていた。そこから派生したインド系文字の子孫たちは,印欧語族のほかにも様々な系統の言語を表記するようになり,様々な変更が加えられている。それと比較すると,インド系文字の祖と言えるブラーフミー文字のしくみは割とシンプルである。
字母リスト
各字母に通し番号をつけてリスト化する。数字の前のアルファベットはVowels「母音」,Diacritics「付加記号」,Consonants「子音」の頭文字から。母音記号のリストは,kaの字母に各母音記号をつけて例示する。
母音字
V01 | V03 | V05 | V07 | V09 | V11 | V13 |
---|---|---|---|---|---|---|
𑀅 a |
𑀇 i |
𑀉 u |
𑀋 r̥ |
𑀍 l̥ |
𑀏 e |
𑀑 o |
V02 | V04 | V06 | V08 | V10 | V12 | V14 |
𑀆 ā |
𑀈 ī |
𑀊 ū |
𑀌 r̥̄ |
𑀎 l̥̄ |
𑀐 ai |
𑀒 au |
ka+母音記号
D01 | D03 | D05 | D07 | D09 | D11 | D13 |
---|---|---|---|---|---|---|
𑀓 ka |
𑀓𑀺 ki |
𑀓𑀼 ku |
𑀓𑀾 kr̥ |
𑀓𑁀 kl̥ |
𑀓𑁂 ke |
𑀓𑁄 ko |
D02 | D04 | D06 | D08 | D10 | D12 | D14 |
𑀓𑀸 kā |
𑀓𑀻 kī |
𑀓𑀽 kū |
𑀓𑀿 kr̥̄ |
𑀓𑁁 kl̥̄ |
𑀓𑁃 kai |
𑀓𑁅 kau |
子音字
C01 | C02 | C03 | C04 | C05 |
---|---|---|---|---|
𑀓 ka |
𑀔 kha |
𑀕 ga |
𑀖 gha |
𑀗 ṅa |
C06 | C07 | C08 | C09 | C10 |
𑀘 ca |
𑀙 cha |
𑀚 ja |
𑀛 jha |
𑀜 ña |
C11 | C12 | C13 | C14 | C15 |
𑀝 ṭa |
𑀞 ṭha |
𑀟 ḍa |
𑀠 ḍha |
𑀡 ṇa |
C16 | C17 | C18 | C19 | C20 |
𑀢 ta |
𑀣 tha |
𑀤 da |
𑀥 dha |
𑀦 na |
C21 | C22 | C23 | C24 | C25 |
𑀧 pa |
𑀨 pha |
𑀩 ba |
𑀪 bha |
𑀫 ma |
C26 | C27 | C28 | C29 | |
𑀬 ya |
𑀭 ra |
𑀮 la |
𑀯 va |
|
C30 | C31 | C32 | ||
𑀰 śa |
𑀱 ṣa |
𑀲 sa |
||
C33 | ||||
𑀳 ha |
ブラーフミー文字には14の母音字と13の母音記号,それに33の子音字がある。母音記号のつかない子音字にはデフォルトで母音aが含まれるので,aを表す母音記号は存在しない。リストでは,便宜上,母音記号の最初D01に母音記号なしの子音字を置いている(母音字と母音記号の番号を合わせたいので)。
母音字や子音字の順番・配列はインドの伝統的な並べ方であり,『華麗なるインド系文字』でもこの順番が使われている。母音字・母音記号は,音や字形の対応から二段に分けた。
このリストを基準にして,同じ起源をもつと考えられる字母を同じ番号のマスに配置し,各インド系文字の字母リストを作る。そうして,インド系文字の形やしくみを比較しようというわけである。
文字のしくみ
子音字は,母音記号がつかない場合は子音+母音aの音節を表す。この,子音に最初から含まれている母音を潜在母音と呼ぶ。母音記号をつけると潜在母音が消えて,それぞれの母音記号に対応した母音になる。
母音記号がつかないとき
𑀓
ka
𑀘
ca
𑀝
ṭa
𑀢
ta
𑀧
pa
uの母音記号をつけたとき
𑀓𑀼
ku
𑀘𑀼
cu
𑀝𑀼
ṭu
𑀢𑀼
tu
𑀧𑀼
pu
同じ母音記号でも,子音字の種類によって,つける位置が違うことがある。母音記号の多くは子音字とくっついて一体化するので,どんな風にくっつくかは子音字や母音字の形に大きく依存する。すべての子音字+母音記号の組み合わせをサブブログにまとめておいたので,参考までにどうぞ(→「ブラーフミー文字 字母リスト(詳細)」)。
母音だけの音節を表す場合は母音字を使う。ブラーフミー文字には,潜在母音のaを含めた14の母音に対応した母音字がある。
母音のうち,以下の4種類の母音字とそれに対応する母音記号は,サンスクリット語の音韻に合わせて後から追加されたもの。プラークリットを表記した初期のブラーフミー文字にはなかった字母である。
V07 | V08 | V09 | V10 |
---|---|---|---|
𑀋 r̥ |
𑀌 r̥̄ |
𑀍 l̥ |
𑀎 l̥̄ |
D07 | D08 | D09 | D10 |
---|---|---|---|
𑀓𑀾 kr̥ |
𑀓𑀿 kr̥̄ |
𑀓𑁀 kl̥ |
𑀓𑁁 kl̥̄ |
これらの母音字と母音記号は,英語版ウィキペディアの「Brahmi script - Wikipedia」によると,Middle Brahmi(中期ブラーフミー)の時代に追加されたとのこと。また『華麗なるインド系文字』では扱っていない。多少時代の違いがあるためリストに含めるべきか迷ったものの,後で追加したくなったときに編集が大変なので,最初からリストに含めることにした。
なお,Unicodeにはブラーフミー文字用の三つの記号「𑀀」「𑀁」「𑀂」が含まれているが,ちゃんとした資料が確認できなかったこと,『華麗なるインド系文字』でも扱っていないことなどから,リストには含めない。
「子音字に母音記号をつけて音節を表す」「子音字には潜在母音が含まれる」というしくみは,いわゆるアブギダと呼ばれるシステムである。このシステムは,ブラーフミー文字から派生した各インド系文字に受け継がれていった。しかし,潜在母音がaではなくなったり,母音字の数や種類が変わったり,様々な変化も生まれている。
変化が加わったほかのインド系文字と比べると,ブラーフミー文字のしくみはシンプルに見える。正直,この記事だけで語れることはあまりない。ただ,これからほかのインド系文字について記事を書いていく上で,このブラーフミー文字の字母リスト・文字のしくみがひとつの基準になる。適宜この記事で触れた内容を引用しつつ,インド系文字の記事を書きたい。
テーマ《インド系文字のしくみ》関連の記事はすべて「テーマ《インド系文字のしくみ》」にまとめておく。
参考文献
- 『華麗なるインド系文字』白水社,2001年,町田和彦(編)
- 『月刊言語2005年10月号』大修館書店
- 「カリンガ戦争 - Wikipedia」2024/03/21閲覧
- 「Brahmi script - Wikipedia」2024/03/24閲覧