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言語の比較・対照/そのための多言語学習

スラヴ語派の《音の対応》/母音*i, *y

 印欧語族スラヴ語派の《音の対応》について書く。今回は,共通スラヴ語の母音*i, *yとその対応について見てみる。

 対象言語と共通スラヴ語については「スラヴ語派の《音の対応》/対象言語と共通スラヴ語」を参照。また,必要に応じてキリル文字をラテン文字化して表記する。詳しくは「キリル文字の《ラテン文字化》」を参照。

  • 目次-CONTENTS-

 

*i, *yとその対応

東スラヴ語群

共通スラヴ語 *pivo
「飲み物,ビール」
*nizъkъ
「低い」
*zima
「冬」
*ryba
「魚」
*ęzykъ
「舌,言語」
*čitati
「読む」
*širokъ
「広い」
ロシア語 пиво
(pivo)
низкий
(nizkij)
зима
(zima)
рыба
(ryba)
язык
(jazyk)
читать
(čitatʹ)
широкий
(širokij)
ウクライナ語 пиво
(pyvo)
низький
(nyzʹkyj)
зима
(zyma)
риба
(ryba)
язик
(jazyk)
читати
(čytaty)
широкий
(šyrokyj)
ベラルーシ語 піва
(piva)
нізкі
(nizki)
зіма
(zima)
рыба
(ryba)
язык
(jazyk)
чытаць
(čytacʹ)
шырокі
(šyroki)

 ロシア語/ベラルーシ語では,基本的には*i > i, *y > yとなる。ただし現在では,この違いは前の子音が硬子音か軟子音かという区別と大きく関わっているし,正書法による書き方の決まりもある。従って,語源とは関係なく,i, yのどちらかに決まることもある

 ウクライナ語では,*i, *y > yとなる。

ポーランド語

共通スラヴ語 *pivo
「飲み物,ビール」
*nizъkъ
「低い」
*zima
「冬」
*ryba
「魚」
*ęzykъ
「舌,言語」
*čitati
「読む」
*šiti
「縫う」
ポーランド語 piwo niski zima ryba język czytać szyć

 ポーランド語では,基本的には*i > i, *y > yとなる。ただし現在では,この違いは前の子音が硬子音か軟子音かということと大きく関わっている。語源的には*iでも,機能的軟子音(c, dz, sz, ż, rz, cz, dż)の後ではyと書く。

上ソルブ語と下ソルブ語

共通スラヴ語 *pivo
「飲み物,ビール」
*nizъkъ
「低い」
*zima
「冬」
*ryba
「魚」
*ęzykъ
「舌,言語」
*kysalъ
「すっぱい」
上ソルブ語 piwo niski zyma ryba jazyk kisały
下ソルブ語 piwo niski zyma ryba jězyk kisały

 上ソルブ語/下ソルブ語でも,基本的には*i > i, *y > yとなる。そしてこの違いはやはり直前の子音が硬子音か軟子音かという区別に関わっている。例えば,*zima「冬」 > zymaの場合は,zが硬子音のためyになっている。

 上ソルブ語では,固有語の場合k, g, h, chの後ではiと表記されるため,*kysalъ > kisałyのように,基本に反する例も見られる。これに関して,下ソルブ語ではhyś「行く」のような語があり,上ソルブ語と同じルールに拠っているわけではないことが分かる。

チェコ語とスロヴァキア語

共通スラヴ語 *pivo
「飲み物,ビール」
*nizъkъ
「低い」
*zima
「冬」
*ryba
「魚」
*ęzykъ
「舌,言語」
*dym
「煙」
*byti
「…である」
チェコ語 pivo nízký zima ryba jazyk dým být
スロヴァキア語 pivo nízky zima ryba jazyk dym býť

 チェコ語/スロヴァキア語には,母音に長短の区別があり,*i > i, í,そして*y > y, ýとなる。長短の違いは,チェコ語とスロヴァキア語でまったく同じように現れるわけではない。

古代教会スラヴ語

共通スラヴ語 *pivo
「飲み物,ビール」
*nizъkъ
「低い」
*zima
「冬」
*ryba
「魚」
*ęzykъ
「舌,言語」
古代教会スラヴ語 pivo nizъkъ zima ryba języ

 古代教会スラヴ語では,*i > i, *y > yとなる。

その他の言語

共通スラヴ語 *pivo
「飲み物,ビール」
*nizъkъ
「低い」
*zima
「冬」
*ryba
「魚」
*ęzykъ
「舌,言語」
スロヴェニア語 pivo nizek zima riba jezik
セルビア語 пиво
(pivo)
низак
(nizak)
зима
(zima)
риба
(riba)
језик
(jezik)
クロアチア語 pivo nizak zima riba jezik
ブルガリア語 пиво
(pivo)
нисък
(nisăk)
зима
(zima)
риба
(riba)
език
(ezik)
マケドニア語 пиво
(pivo)
низок
(nizok)
зима
(zima)
риба
(riba)
јазик
(jazik)

 その他の言語,つまり古代教会スラヴ語を除く南スラヴ語群の言語では,*i, *y > iとなる。

 東スラヴ語群と,西スラヴ語群のポーランド語/上ソルブ語/下ソルブ語などでは,iとyの違いに硬子音と軟子音の区別が関わっている。ただ,この違いはここでまとめるには若干複雑なところがあるので,1個の記事として別にまとめたい。

 

動詞不定形語尾*-ti

共通スラヴ語 *letěti
「飛ぶ」
*jьti
「行く」
ロシア語 лететь
(letetʹ)
идти
(idti
ウクライナ語 летіти
(letity
іти
(ity
ベラルーシ語 ляцець
(ljacecʹ)
ісці
(isci
ポーランド語 lecieć iść
上ソルブ語 lećeć hić
下ソルブ語 leśeś hyś
チェコ語 letět jít
スロヴァキア語 letieť ísť
スロヴェニア語 leteti iti
セルビア語 летети
(leteti
ићи
(ići
クロアチア語 letjeti i
古代教会スラヴ語 letěti iti

 動詞の不定形語尾 *-tiの反映形は上のようになる。この場合,*i > iとなる言語でも,*iが消えてしまう場合がある。ロシア語/ベラルーシ語では,アクセントが語尾にあるときはiが残る。

 表にないブルガリア語/マケドニア語では,不定形そのものが無くなってしまった。

 

参考文献

  • 『共通スラヴ語音韻論概説』水声社,2008年,原求作
  • 『スラヴ語入門』三省堂,2011年,三谷惠子

 

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