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言語の比較・対照/そのための多言語学習

フィンランド語の《数》

 フィンランド語の《数》について書く。ここで言う"数"は,文法範疇としての数のこと。フィンランド語で文法範疇の"数"がどのように表されるかを見てみる。

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名詞の場合

 フィンランド語の名詞には,単数と複数の区別がある。また,名詞は,文法的な役割を示す"格"の区別も持つ。

 例えば,koira「犬」の主格の変化は以下のようになる。説明のために,ハイフンを使って形態素の切れ目を示した。

koiraの変化(主格)

  単数 複数
主格 koira koira-t

 これを見ると,フィンランド語の名詞では-tが複数を表すように見える。しかし,koiraの主格以外の変化を見てみると,今度は別の複数を表す形態素が現れる。

koiraの変化(主格以外)

  単数 複数
属格 koira-n koir-i-en
分格 koira-a koir-i-a
内格 koira-ssa koir-i-ssa
出格 koira-sta koir-i-sta
入格 koira-an koir-i-in
接格 koira-lla koir-i-lla
奪格 koira-lta koir-i-lta
向格 koira-lle koir-i-lle
様格 koira-na koir-i-na
変格 koira-ksi koir-i-ksi
欠格 koira-tta koir-i-tta
具格 × koir-i-n
共格 × koir-i-ne

 主格以外の格では,-i-が複数を表す。そして,その後に内格なら-ssa,出格なら-staというように,"格"を表す語尾が続いている。

 さらにほかの名詞も見てみると,また別のパターンもある。vuori「山」の主格・属格・分格を見てみる。

vuoriの変化(主格・属格・分格)

  単数 複数
主格 vuori vuore-t
属格 vuore-n vuor-ten/vuor-i-en
分格 vuor-ta vuor-i-a

 vuori「山」の複数主格と複数分格の作り方は,koiraの場合と同じである。一方,複数属格には2種類の作り方がある。このうちvuortenのほうは,-tenが"複数属格"を表す語尾なのか,それともほかの分け方(vuor-t-en, vuor-te-nなど)が出来るのか,よく分からない。

 複数属格に関しては,maa「国」のように,複数の形態素-i-の後に-den/-ttenを付けるタイプもある。

maaの変化(主格と属格)

  単数 複数
主格 maa maa-t
属格 maa-n ma-i-den/ma-i-tten

 まとめると以下のようになる。

名詞の"数"まとめ

  • 主格では,-tが複数を表す
  • 主格以外では-i-が複数を表す
  • 複数属格-tenはよく分からない

 代名詞,形容詞,動詞の現在分詞・過去分詞,数詞もおおむね名詞と同じように変化し,複数を表す形態素として主格では-t,主格以外では-i-が現れる。ただし,代名詞の複数主格は名詞の複数主格とちょっと違うので,次の見出しで詳しく見る。

 

代名詞の場合

 代名詞の変化はだいたい名詞と同じだが,人称代名詞・指示代名詞の複数主格はちょっと違う。以下,それぞれの単数主格と複数主格・複数属格を抜粋して見てみる。

人称代名詞の変化(抜粋)

  単数主格 複数主格 複数属格
1人称 minä me me-i-dän
2人称 sinä te te-i-dän
3人称 hän he he-i-dän

指示代名詞の変化(抜粋)

  単数主格 複数主格 複数属格
これ tämä nämä nä-i-den
あれ tuo nuo no-i-den
それ se ne ni-i-den

 このように,人称代名詞や指示代名詞は複数主格に-tが付かない。この点が名詞の変化とは異なっている。一方で,上に挙げた複数属格のように,主格以外では-i-が複数を表すという点は名詞と同じである。

 複数主格の作り方がどうなっているのかは,詳しくは分からない。ただ,単数主格と複数主格を比べたとき,人称代名詞は語頭の子音が似ているのに対し,指示代名詞は語末の部分が似ている。ここから,人称代名詞と指示代名詞では複数主格の作り方が異なっていたということは予想できる。

 この辺りは歴史的な問題なので,フィンランド語を含むウラル語族の言語どうしを比較して考えるのが良い。

代名詞の"数"まとめ

  • 主格以外では-i-が複数を表す(名詞と同じ)
  • 人称代名詞と指示代名詞では複数主格の作り方が異なる

 

動詞の場合

 動詞の語形変化では,現在分詞・過去分詞などの分詞が名詞と同じように"数と格"の変化を持つ。一方,直説法・条件法・可能法・命令法の活用形は,動詞特有の語形変化を持ち,主語の"人称と数"に合わせて変化する。ここでは動詞特有の活用について見てみる。

 puhua「話す」の活用は以下のとおり。

直説法・現在形

  単数 複数
1人称 puhu-n puhu-mme
2人称 puhu-t puhu-tte
3人称 puhu-u puhu-vat

直説法・過去形

  単数 複数
1人称 puhu-i-n puhu-i-mme
2人称 puhu-i-t puhu-i-tte
3人称 puhu-i puhu-i-vat

 -i-は過去の印。

条件法・現在形

  単数 複数
1人称 puhu-isi-n puhu-isi-mme
2人称 puhu-isi-t puhu-isi-tte
3人称 puhu-isi puhu-isi-vat

 -isi-は条件法の印。

可能法・現在形

  単数 複数
1人称 puhu-ne-n puhu-ne-mme
2人称 puhu-ne-t puhu-ne-tte
3人称 puhu-ne-e puhu-ne-vat

 -ne-は可能法の印。

命令法・現在形

  単数 複数
1人称 × puhu-kaamme
2人称 puhu puhu-kaa
3人称 puhu-koon puhu-koot

 命令法とそれ以外で,動詞の語尾は大きく違う。命令法以外では,以下のような共通の語尾があり,語尾が"人称"と"数"を表している

命令法以外の語尾

  単数 複数
1人称 -n -mme
2人称 -t -tte
3人称 -vat

 歴史的には,3人称複数形に含まれる-tは複数を表しているらしい。しかし現代では,3人称単数は「ゼロ語尾」または「前の母音を伸ばす」という形式になっているので,-tを付けるかどうかで"数"を区別しているとは言いにくい。

 一方,命令法現在形の語尾は,以下のようになっている。1人称単数形はない。また,文字では書かれないが,2人称単数形の語末には声門閉鎖音[ʔ]がある。

命令法現在形の語尾

  単数 複数
1人称 × -kaamme
2人称 - -kaa
3人称 -koon -koot

 命令法現在形に現れる-k-は,現在時制の印だったらしい。それが2人称単数形では声門閉鎖音に変化し,それ以外では後ろに語尾を伴って,-ka-や-ko-の形で残った(詳しくは『ウラル語のはなし』を参照)。

 とはいえこれも歴史的な話であって,現代ではそれぞれの語尾が"人称"と"数"を表していると考えるほうが良さそう。

 命令法の場合はさらに,語尾は"命令法"ということも表していると思われる。命令法とそれ以外では,語尾の形が大きくことなるだけでなく,語尾の表す文法範疇も異なるということ。

動詞の"数"まとめ

  • 語尾が"人称"と"数"を表す(命令法の場合は"法"の情報も表す)
  • 歴史的には,3人称複数語尾-vatから複数の要素-tが取り出せる
  • 命令法とそれ以外では,語尾の形と,語尾が表す文法範疇が異なる

 

参考文献

  • 『フィンランド語文法ハンドブック』白水社,2010年,吉田欣吾
  • 『フィンランド語トレーニングブック』白水社,2013年,吉田欣吾
  • 『ウラル語のはなし』大学書林,1991年,小泉保

 

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