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言語の比較・対照/そのための多言語学習

デーヴァナーガリー文字のしくみ

 インド系文字のひとつである,デーヴァナーガリー文字のしくみについて書く。この文字が使われる言語はいろいろあるが,ここではサンスクリット語とヒンディー語での場合を中心に書き,ほかの言語については多少補足をするだけに留める。

  • 目次-CONTENTS-

 

デーヴァナーガリー文字とは?

 デーヴァナーガリー文字は,ヒンディー語,サンスクリット語,ネパール語,マラーティー語をはじめとして,インドやネパールなどで話される様々な言語の表記に用いられている。例えば,アンギカ語,アワディー語,ドテリ語,ネワール語,ボージュプリー語,マイティリー語など。

 歴史的には北方系のブラーフミー文字の系譜であり,グプタ文字から発展したナーガリー文字を基にした文字である。同じくグプタ文字から発展していったベンガル文字とは,字母の形や,シローレーカーの存在など,いくつかの共通点を見出すことができる。また,デーヴァナーガリー文字を基にして,グジャラーティー文字が生まれた。

 

字母リスト

 「ブラーフミー文字のしくみ」と同じように,各字母に通し番号をつけてリスト化した。それぞれの字母は,究極的には同じ番号のブラーフミー文字にさかのぼると考えられる。

母音字

V01 V03 V05 V07 V09 V11 V13

a

i

u



e

o
V02 V04 V06 V08 V10 V12 V14

ā

ī

ū

r̥̄

l̥̄

ai

au

ka+母音記号

D01 D03 D05 D07 D09 D11 D13

ka
कि
ki
कु
ku
कृ
kr̥
कॢ
kl̥
के
ke
को
ko
D02 D04 D06 D08 D10 D12 D14
का
की
कू
कॄ
kr̥̄
कॣ
kl̥̄
कै
kai
कौ
kau

子音字

C01 C02 C03 C04 C05

ka

kha

ga

gha

ṅa
C06 C07 C08 C09 C10

ca

cha

ja

jha

ñ
C11 C12 C13 C14 C15

ṭa

ṭha

ḍa

ḍha

ṇa
C16 C17 C18 C19 C20

ta

tha

da

dha

na
C21 C22 C23 C24 C25

pa

pha

ba

bha

ma
C26 C27 C28 C29

ya

ra

la

va
C30 C31 C32

śa

ṣa

sa
C33

ha
  • ヒンディー語では,外来語の発音を表すため,ヌクターと呼ばれる点をつけて発音を変えた字母がある。
  • マラーティー語では,そり舌音の[ḷ]を表す字母や,チャンドラ記号を付けた追加の母音字(æ),(ɔ)がある。チャンドラ記号は,英語由来の母音を表すためにヒンディー語でも使われることがある。
  • V10(D10)はサンスクリット語でもヒンディー語でも使用されない。ヒンディー語ではV08(D08),V09(D09)も使われない。
  • このほかに,アヌスヴァーラ(),ヴィサルガ(),ヴィラ―マ(),チャンドラ・ビンドゥ()などの記号がある。

 

文字のしくみ

 子音字は,母音記号がつかない場合は子音+母音aの音節を表す。この,子音字に最初から含まれている母音aを潜在母音と呼ぶ。母音記号を付けると,潜在母音の代わりに,母音記号に対応した母音を付けて読む。

母音記号がつかないとき

ka

ca

ta

pa

uの母音記号をつけたとき

कु

ku

चु

cu

टु

ṭu

तु

tu

पु

pu

 ブラーフミー文字では,子音字の種類によって母音記号を付ける位置が異なることがあるが,デーヴァナーガリー文字では母音記号を付ける位置が異なることはほぼない(一応例外はある)。すべての子音字と母音記号の組み合わせは「デーヴァナーガリー文字 字母リスト」を参照。

 母音のみの音節を表すためには,独立母音字(V01~V14)を使う。一方,子音のみを表すには,ヴィラ―マ(母音消去記号)を使う方法と,結合文字を使う方法がある。結合文字は,前の子音字を結合形にして後ろの子音字に付けたり,一方の子音を記号の形にしてもう一方に付けたりする方法。

 以下にヒンディー語の例を少し挙げる。

ग्य

gya

=

ग्‌य

gya


ट्र

ṭra

=

ट्‌र

ṭra

 左側が結合文字を使った形,右側がヴィラ―マ()を使った形。どちらの方法を使うかは,語中の位置,言語ごとの事情,印刷上の都合などによって異なる。また,結合文字には横につなげる方法と縦に重ねる方法の違いもあるが,これもどちらを使うかは場合による。

 潜在母音の発音も,言語によって違う部分がある。サンスクリット語では基本的に常に読まれるが,ヒンディー語では語中の位置によって読む場合と読まない場合がある。ネパール語でも語末では多くの場合読まれない。

 

ブラーフミー文字と比較して

 デーヴァナーガリー文字のしくみは,大枠で言えばブラーフミー文字とそれほど変わらないように見える。母音記号を付けて読むというシステムや,潜在母音の存在など,基本的にはブラーフミー文字の頃から存在するしくみを踏襲している。結合文字で子音連続を表すのも,Wikipedia英語版の情報しかないが,ブラーフミー文字の頃から存在したらしい。

 字母の種類もほとんど変わらない。ただ,外来語由来の発音を表すためのヌクター記号や,母音を変質させるチャンドラ記号など,記号をつけて発音を変える方法があり,ヒンディー語やマラーティー語などで使われている。


 変わったところと言えば,まず字母の形である。ブラーフミー文字にはなかったが,デーヴァナーガリー文字では各字母の上部にシローレーカーと呼ばれる横線がある。ほとんどの字母にこの横線が付いていることもあって,ブラーフミー文字と比べるとかなり整えられた印象を受ける。

 とはいえ変化の程度は字母により多少の差がある。C11~C15辺りの字母は,ブラーフミー文字の面影が比較的強く残っている(上がブラーフミー,下がデーヴァナーガリー)。

C11 C12 C13 C14 C15
𑀝
ṭa
𑀞
ṭha
𑀟
ḍa
𑀠
ḍha
𑀡
ṇa

ṭa

ṭha

ḍa

ḍha

ṇa

 また,デーヴァナーガリー文字は様々な言語で使用されるため,言語によって発音が変わることがある。この点はある意味で,ブラーフミー文字と似ているとも言える。ブラーフミー文字は各地に広がり文字の形・種類・発音などいろいろな変化を受けて変化していったが,デーヴァナーガリー文字の場合はどれくらい各言語で違いがあるのだろうか…。

 今回は,デーヴァナーガリー文字をつかっている各言語の比較まではあまり手が回らなかったが,出来るならより多くの言語におけるデーヴァナーガリー文字の違いも比較してみたい。

 

参考文献

  • 『華麗なるインド系文字』白水社,2001年,町田和彦(編)
  • 『実用マラーティー語会話』大学書林,2001年,石田英明
  • 『CDエクスプレス ネパール語』白水社,2006年,野津治仁
  • 『ニューエクスプレスプラス ヒンディー語(CD付)』白水社,2020年,町田和彦
  • 『ニューエクスプレスプラス サンスクリット語(CD付)』白水社,2021年,石井裕
  • Brahmi script - Wikipedia」2024/08/31閲覧
  • Devanagari - Wikipedia」2024/08/31

 

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