このブログにおけるグロスの書き方について書く。グロスって何? という話と,例文にグロスを付ける際の方針と,最後にグロスで使う略号をまとめる。
- 目次-CONTENTS-
- 更新履歴
- 全体的により詳細な内容に書き直した(特に「グロスの書き方の方針」)。
グロスとは
ここで言うグロスとは,例文に対して形態素ごとに注釈をつけたもの。
ロシア語
- Он учится японскому языку.
-
On
彼(3)[m.sg.nom]
uč-it-sja
教える-3sg.prs-refl
japonsk-omu
日本の-m.sg.dat
jazyk-u
言語(m)-sg.dat
- 彼は日本語を学んでいる。
上の例文1は,ロシア語の例文にグロスと日本語訳を付けたもの。例文を語ごとに分け,語を形態素ごとに分けて,どの部分がどんな意味に対応するのかを示している。グロスを付けるときは,文法的な要素はprs(現在形)やdat(与格)などの略号を使って示す。
グロスは文の構造を説明する助けとして非常に役に立つ。全部というわけではないが,このブログでも必要に応じて例文にグロスを付けたい。
グロスの書き方の方針
グロスの書き方は,基本的にはLeipzig Glossing Rule(以下,LGRと略す)に従う。ここでは「Dept. of Linguistics | Resources | Glossing Rules」および「例文提示とグロスのつけ方:実践編|下地理則(九州大学人文科学研究院 教授)」を参考にして,このブログにおけるグロス付けの方針をまとめておく。
例文とグロスの並べ方
ロシア語
- Он учится японскому языку.
-
On
彼(3)[m.sg.nom]
uč-it-sja
教える-3sg.prs-refl
japonsk-omu
日本の-m.sg.dat
jazyk-u
言語(m)-sg.dat
- 彼は日本語を学んでいる。
例文にグロスを付けるときは,上のような形式で書く。上から元の例文,グロス付きの例文,日本語訳と並んでいて,グロス付きの例文だけ背景の色を少し変えている。複数の言語を扱う記事では,最初に言語名も示す。
また,元の例文をラテン文字に変換し,分かち書きした上で,ハイフン(-)やイコール(=)などの記号で形態素を区切って示す。つまり,どんな言語でも必ず「元の例文」と「グロスを付けるための例文」の2種類が存在することになる。
形態素の分け方
グロスを付けるときは,例文を形態素ごとに区切って示す。形態素とは,意味を持つ最小のまとまりのこと。語の構造を示すために,語よりも小さい単位である形態素に分けてからグロスを付ける。
形態素を区切るときは,ハイフン(-),イコール(=),山括弧(< >),チルダ(~)などの記号を用いる。それぞれの例を挙げておく。
ハイフン(-)
ラトヴィア語
- latviešu valoda
-
latvieš-u
ラトヴィア人-pl.gen
valod-a
言語-sg.nom
- ラトヴィア語
ハイフン(-)は単純に形態素の境界を示すのに使う。ほかの記号を使う理由が特に無ければ,基本的には形態素の境界はハイフンを使って区切る。
イコール(=)
イタリア語
- l'Italia
-
l'=Itali-a
def.f.sg=イタリア(f)-sg
- イタリア
イコール(=)は接語の境界を示すのに使う。接語とは,文法的にはひとつの語だが,音韻的にはほかの語の一部となる形態素のこと。例文3では,l'は定冠詞だが,Italia「イタリア」と合わせて1語のように発音される(音韻的にはl'Italiaで1語となる)。
接語は前や後ろの語と分けて書かれることもあれば,つなげて書かれることもある。つなぎ書きされる場合だけ,l'=Itali-aのようにイコール(=)を使って区切りを示す。
山括弧(< >)
フィリピノ語
- kumain
-
k<um>ain
食べる<foc.act.inf>
- 食べる
山括弧(< >)は接中辞を示すのに使う。接中辞はほかの形態素の間に挿入される接辞のこと。例文4では,kain「食べる」の中に,-um-という接中辞が入り込んでいる。
グロスでは,「食べる<foc.act.inf>」のように,接中辞は左右どちらかに寄せて書く(間に挿入しない)。
チルダ(~)
フィリピノ語
- iinumin
-
i~inum-in
ctpv~飲む-foc.obj.ctpv
- (これから)飲む
チルダ(~)は重複を示すのに使う。重複は,語の一部や全部を繰り返して,別の語形や新しい語を作ること。例文5では動詞の未然相(まだ始まっていない動作を表す形)を作るために,接辞(-in)と重複(i~)が使われている。
グロスの書き方
グロスは日本語訳か略号を使って書く。おおまかに言うと内容語(名詞,形容詞,副詞,動詞など)は日本語訳で,機能語(前置詞,後置詞,接続詞,冠詞,助詞など)は略号で書きたい。ただ,様々な理由でこのとおりに書かない/書けないこともあるので,あくまで参考である。
グロスを使う場合は,記事の冒頭に,その記事で使う略号の一覧を示しておく。また,この記事の最後に過去に使った略号のリストをまとめておく(→「#略号リスト」)。
ひとつの形態素に対して複数の日本語訳・略号が対応するときは,ピリオド(.),コロン(:),セミコロン(;),丸括弧 ( ),角括弧 [ ]などの記号で区切る。以下にそれぞれの例を載せておく。
ピリオド(.)
ハンガリー語
- Szeretem a zenét.
-
Szeret-em
好きだ-1sg.prs
a
def
zené-t
音楽-acc
- 私は音楽が好きだ。
ピリオド(.)は,単純に複数の意味を区切るときに使う。ほかの記号を使う理由が特にないとき,どの記号で区切れば良いか判断に迷ったときなどは,ピリオドを使って区切る。
また,例文6の1sgのように,人称(1, 2, 3)と数(sg, du, pl)が連続するときは,ピリオドを使わずにつなげて書く。
セミコロン(;)
イタリア語
- dell'Italia
-
dell'=Itali-a
…の;def.f.sg=イタリア(f)-sg
- イタリアの
セミコロン(;)は,分割不可能な要素に対して複数の意味が対応するときに使う。例文7のdell'は,前置詞diと定冠詞l'が結合したもの。このdell'を途中で分けるのは難しいが,意味的には前置詞と定冠詞で分けられるはずなので,グロスではセミコロン(;)を使って区切っている。
コロン(:)
ポーランド語
- to okno
-
to
この:n.sg.nom
okn-o
窓(n)-sg.nom
- この窓
コロン(:)は,分割可能な要素をあえて分割したくないときに使う。例文8のto「この(中性・単数・主格)」はt-oのように分割して書くこともできるし,あえて分割せずに上のように書いても良い。説明したい内容と相談して,どちらの書き方をするか決める。
丸括弧 ( )
スロヴェニア語
- moja knjiga
-
moj-a
私の-f.sg.nom
knjig-a
本(f)-sg.nom
- 私の本
丸括弧 ( )は,ある要素が潜在的に持っている特徴を示すときに使う。例文9のknjiga「本」は,女性名詞(f)という文法カテゴリーを本来的に持っている。しかしこれは必ずしもグロスに書かなくても良い。
例文9ではmoj「私の」がmoja(女性・単数・主格)になっていることと対応させるために,knjiga「本」の女性名詞という特徴も示した。このknjigaは不活動体(inan)という潜在的特徴も持っているが,例文9では無関係なので示していない。
角括弧 [ ]
ドイツ語
- meine Tante
-
mein-e
私の-f.sg.nom
Tante
おば(f)[sg.nom]
- 私のおば
角括弧 [ ]は,対応する形態素が存在しないときに使う。例文10では,Tante「おば」の単数・主格(sg.nom)という文法的意味に対応する形態素が存在しない。これは潜在的に持っている特徴でもないので,角括弧[ ]を使って区切る。
またはØという記号を使って,以下のようにも書ける。
ドイツ語
- meine Tante
-
mein-e
私の-f.sg.nom
Tante-Ø
おば(f)-sg.nom
- 私のおば
Øはそこに形態素が存在しないこと(ゼロ形態)を示し,存在する形態素と同じように,その境界をハイフンなどで示す。例文11の場合は,Tante-n「おば-pl.nom」のようなほかの語形と比較して,Tante-Øという形で後ろにくっつけている。
角括弧とØのどちらを使うかは,状況に応じて考える。
バックスラッシュ(\)
英語
- mice
-
mice
ねずみ\pl
- ねずみ(複数形)
バックスラッシュ(\)は,音の変化によって文法的意味を示す場合に使う。例文12のmiceは,mouse「ねずみ(単数)」の音を変化させることによって,複数の意味を表している。このような場合,バックスラッシュ(\)を使って上のように書く。
アンダーライン
スロヴァキア語
- tri knihy
-
tr-i
3-f.nom
knih-y
本(f)-pl.nom
- 3冊の本
グロスでは人称を表す略号として1(1人称),2(2人称),3(3人称)を使っているので,それ以外の意味で数字の1, 2, 3を使うと紛らわしい。そこで,略号以外で数字を使いたいときは,数字の下にアンダーラインを引くことにする。これは,LGRでは扱っていない書き方。
書き方のバリエーション
最後に,グロスをつけるにもいろいろな書き方があることを説明しておく。例えば,例文1に出てきたяпонскомуという語にグロスを付けるとき,ざっくり以下の3つの書き方を考えてみる。
-
japon-sk-omu
日本-adjr-m.sg.nom
-
japonsk-omu
日本:adjr-m.sg.nom
-
japonsk-omu
日本の-m.sg.nom
Aは-sk-(形容詞化接辞)を明確に示す方法。Bは例文では-sk-を区切らないが,グロスでは意味を区切って示す方法。Cは-sk-が形容詞化接辞ということを全く示さない方法である。
-sk-はほかの語から形容詞を作るための派生接辞であり,これ自体は変化することがない。一方,その後に付く-omuは屈折接辞で,文法的意味によって変化する(-omuは「男性・単数・与格」だが,もし「男性・単数・生格」なら-ogoになる)。
このブログでは,派生の境界は特に理由がなければ示さない。そして屈折の境界は必ず示すのを基本方針としたい。つまり,ほとんどの場合はCのような書き方をすることになる。ここでは詳しく説明しないが,接辞以外の方法で派生や屈折を行う場合も同様である。
略号リスト
このブログで過去に使った略号をリストにまとめておく。略号を使うときは,記事の冒頭にその記事で使う略号の一覧を示し,このページを参照しなくても良いようにする。
諸注意
- 略号は「#参考文献」に挙げた各書籍・ウェブサイトを参考にし,既存のものを拝借するか,それが難しい場合には自分で新たに考えた。
- ひとつの略号に対して複数の日本語訳があるものは,言語によって呼び方が異なることを指す。それぞれの言語で,意味が微妙に異なる可能性がある。
略号 | 意味 |
---|---|
Ø | ゼロ形態 |
1 | 1st person 1人称 |
2 | 2nd person |
3 | 3rd person 3人称 |
acc | accusative 対格 |
act | actor 行為者 |
adjr | adjectivizer 形容詞化 |
advl | adverbial 様格,副詞格 |
art | article 冠詞 |
aux | auxiliary verb 補助動詞,助動詞 |
c | common gender 両性 |
conj | conjunctive form 接続形 |
cop | copula コピュラ |
ctpv | contemplative 未然相 |
dat | dative 与格 |
def | definite 定 |
f | feminine 女性 |
foc | focus 焦点 |
fut | future 未来 |
gen | genitive 属格,生格 |
inan | inanimate 不活動体 |
indf | indefinite 不定 |
ine | inessive 内格 |
inf | infinitive 不定形,不定詞,不定相 |
inst | instrumental 具格,造格 |
intj | interjection 間投詞 |
io | indirect object 間接目的語 |
loc | locative 位格 |
m | masculine 男性 |
n | neuter 中性 |
neg | negative 否定 |
nom | nominative 主格 |
npst | non-past 非過去 |
obj | object 目的 |
part | particle 助詞 |
pers | personal 人間 |
pl | plural 複数 |
prep | preposition 前置詞 |
prepl | prepositional 前置格,前置詞格 |
prog | progressive 進行相 |
pron | pronoun 代名詞 |
prs | present 現在 |
prtv | partitive 分格 |
pst | past 過去 |
ptcp | participle 分詞 |
q | question 疑問 |
refl | reflexive 再帰 |
sbjv | subjunctive 仮定法 |
sg | singular 単数 |
top | topic 主題 |
参考文献
グロス,略号の参考にしたもの。
- 『明解言語学辞典』三省堂,2015年,斎藤純男,田口善久,西村義樹(編)
- 「Dept. of Linguistics | Resources | Glossing Rules」2024/12/13閲覧
- 「例文提示とグロスのつけ方:理論編|下地理則(九州大学人文科学研究院 教授)」2024/12/13閲覧
- 「例文提示とグロスのつけ方:実践編|下地理則(九州大学人文科学研究院 教授)」2024/12/13閲覧
- 「下地理則の研究室 方言グロスリスト」2024/12/13閲覧
各言語の例文の参考を作る際に参考にしたもの。
- 『博友社ロシア語辞典〈改訂新版〉』博友社,1995年,木村彰一,佐藤純一,森安達也,栗原成郎,中村喜和,桑野隆,松井茂雄(編)
- 『ニューエクスプレスプラス ラトヴィア語(CD付)』白水社,2018年,堀口大樹
- 『ポケットプログレッシブ伊和・和伊辞典』小学館,2001年,郡史郎,池田廉(編)
- 『ニューエクスプレスプラス フィリピノ語(CD付)』白水社,2020年,山下美知子
- 『ハンガリー語の入門[改訂版]』白水社,2019年,早稲田みか,コヴァーチ・レナータ
- 『明解ポーランド語文法[新版]』白水社,2023年,石井哲士朗
- 『スロヴェニア語文法』三修社,2022年,金指久美子
- 『クラウン独和辞典 第4版 CD付き』三省堂,2008年,濱川祥枝(監修),信岡資生(編集主幹)
- 『ウィズダム英和辞典 第2版』三省堂,2007年,井上永幸,赤野一郎(編)
- 『スロヴァキア語文法』大学書林,2004年,長與進